光葉博物館 1995年度 10月

「アイヌ民族の服飾展」

開催期間
1995年10月11日〜10月28日

開催にあたって
アイヌ工芸の“わざ”と“美”
服飾資料について
装飾・工芸資料について
服飾の素材について
コレクション解説
参考文献


展示資料

・樹 衣[アットゥシ] ・無切伏刺繍衣 [チジリ] ・黒裂置文衣[チカラカラペ ]
・色裂置文衣[ルウンペ] ・白布切抜文衣[カパラミップ] ・裂置と切抜
・山丹服[マンチュウコソンテ] ・毛皮[海豹]のコート ・首飾り[タマサイ]
・耳飾り[ニンカリ] ・儀式用冠[サパウンペ] ・鉢巻[マタンプシ]
・頚飾帯[レクトゥンペ] ・脚半[ホシ] ・手甲[テクンペ]
・前掛け[マンタリ] ・ニヴヒ(ギリヤーク)の工芸品 ・酒箸[イクパシュイ]
・小刀[マキリ] ・刀下げ帯[エムシアツ] ・アイヌ絵


開催にあたって

 このたびの展示・公開のきっかけとなりましたのは、早稲田大学所蔵の『土佐林コレクション』(アイヌ民族資料)を、本学研究班において、学術的調査を行なう機会を得たことに始まります。
 幸いにこの調査は、昭和63年から文部省科学研究費を受け、「アイヌ衣服の復元的調査研究」として様々な角度から進めてきました。そして、これまでの調査・研究の途上において、特に服飾資料を中心とした資料の公開となった訳です。
 今回展示した資料は、いずれもアイヌ民族の持つダイナミックな表現、精緻を極めた技法、配色を含めた装飾効果といった技術的魅力が随所に見られ、またその根底には、アイヌの人々が今まで大切に育んできた、静かな祈りの心も汲みとることができます。
 この第一級の資料を、一人でも多くの方々にご覧いただき、アイヌ民族が育んできた文化の素晴らしさを、感じとっていただければと思います。
 最後に当館の展示趣旨をご理解下さり、ご協力くださいました早稲田大学並びに北海道開拓記念館に対し、心から御礼申し上げます。
 
平成 7年10月11日 光葉博物館 館長 和田艶子


アイヌ工芸の“わざ”と“美”

 アイヌ民族の歴史や文化について、まだ不明な部分が多い。北のきびしい自然の大地に計り知れない苦難の道を歩んできたアイヌ民族は、自然を神とし、また友として自らの歴史や文化を築いてきた。限られた資源を巧みに利用し、工夫して見事な“わざ”と“美”を創造した。そして私たちは、その服飾において、生活用具において、さらには文学の分野においても、限りない感動を覚える。
 このたび、早稲田大学所蔵土佐林コレクションの服飾や工芸品の一部を展示し、その衣服の文様の神秘的な美、カラフルな玉を連ねた首飾りの美しさ、酒箸・小刀などに見られるわざと美を鑑賞していただくことになった。このささやかな展覧会が、アイヌ民族の歴史、文化をはじめとする「北の歴史、文化」の研究の推進に関心とご理解をいただければ誠に幸いである。
 
昭和女子大学 アイヌ衣服調査研究班 教授  櫻井清彦
教授 村井不二子

 
 服飾資料について

 本コレクションの衣服の資料には、樹皮衣5点、無切伏刺繍衣2点、黒裂置文衣点、色裂置文衣26点、白布切抜文衣20点, 裂置と切抜を組み合わせたもの8点、山丹服1点が含まれる。樹皮衣は無地よりも、木綿太糸を織り込んだものの方が、貴重な木綿糸を加えた分だけ上等とされたという。きものを1種類の布だけで縫い上げる例は少なく数種類の布を巧みに組み合わせている。
 アイヌ服飾の力強い存在感はよく知られているが、文様表現においてどんな小さな布でも、それが思いがけない所に置かれて、はっとするような美的意志を感じる例が多々ある。赤や緑や紫の小さな布片が、このダイナミックなアイヌ文様の中で、いかに可憐で生き生きとした人の心を表現しているか計り知れないものがある。
 刺繍においても、文様布と文様布との間や、片側の文様布の僅かな不足分を色々なかがり方で刺し埋めている。これを見ると、衣服そして着用者に対する祈りや、文様の完成度に対する細やかな感覚が汲みとれる。このような方法は、アイヌ服飾に独特なものではないだろうか。
 文様布に関しては、和服地の模様の美しさなど問題にせず, ひたすら細かく切って線状の素材としてのみ、用いるのも特徴的である。またこの方法は、乏しい材料を出来るだけ有効に用い、文様領域を最大限に展開する優れた装飾効果を創り出している。
 きものはすべて手縫いで、縫い方や始末には、極端に粗密があり、左右を揃えたり、縫い方を一定にするという意識は薄いようであるが、刺繍の針目の精緻さ、文様布だけすくって裏に糸を見せない技術などには、比類のない巧みさがあるのも興味深いことである。



装飾・工芸資料について

 衣服に見られるアイヌ文様は、木彫りの食器や酒箸、小刀などにも共通に用いられている。曲線や直線を巧みに組み合わせて、神秘的な図柄が構成されている。衣服においては、配色の美しさも伴って北の大地に生活を営んできたアイヌ民族の「美学」を感じる。素朴にして華麗とでも表現できようか。背面の文様を見ると背筋をはさんで左右対称に見えるが、トレースして比較すると、非対称のものが多い。この文様は、フリーハンドで図柄が構成されているからこそ、力強さが印象づけられるのだろう。これらの文様は北方小数民族や中国にも見られ、さらに縄文土器の文様をも連想させる。木彫りの食器や小刀の柄、鞘、また神と連帯する酒箸の彫刻は、まさに芸術として位置づけられるだろう。この工芸の伝統は、現代のアイヌ民族の中に力強く伝承されている。

服飾の素材について

 第1に獣皮、鳥毛皮、魚皮、樹皮、草皮などを用いた伝統的なもの。第2に、本州から交易によってもたらされた和服地などの繊維製品がある。これらは古着が中心で、木綿が圧倒的に多かった。暖かさと縫いやすさから、全体に広まったものと思われる。打掛や小袖などの絹織物は貴重品とされた。第3に北方経由で渡来したものがあり、そのうち山丹服は特に珍重され、首長クラスの人々に用いられた。このほか洋服地のものもある。1枚のきものを1種類の布だけで仕上げることはなくこれら多様な布をバランスよく接(は)ぎ合わせ、組み合わせて仕上げる感覚は絶妙である。

コレクション解説

 『アイヌ民族の服飾展』の展示資料の大半は、1962年・1985年の2度にわたって、早稲田大学に寄贈された故・土佐林義雄氏(1887〜1957)のコレクションの一部である。同氏は、早稲田大学理工科を中退後、工芸美術を専攻され、1922年から北海道大学予科の講師、教授を勤められ、1949年に退官された。この間、アイヌ民族を中心に北方小数民族の歴史、文化、工芸など幅広い研究を展開され、同時に資料の蒐集に努められた。コレクションの内容は、アイヌ衣服をはじめ、生活用具など約200点に達し、いずれも学術的価値の高いものである。戦中、戦後の厳しい生活環境の中で、この貴重な資料を散逸することなく守り通されたことは、先生・ご遺族にとって並大抵のご苦労ではなかったと拝察される。人類共有の文化財として研究、保存、公開する責任は重い。

参考文献

タイトル 著者 出版元 刊行年
「アイヌ民族誌」 アイヌ文化保存対策協議会 第一法規出版 1969年
「アイヌの民具」 萱野茂 すずさわ書店 1978年
「アイヌの文様」 四辻一朗 笠倉出版 1981年
「アイヌの衣服文化 ─ 着物の地方的特徴について」 アイヌ民族博物館 1992年
「ひと もの こころ」 天理大学付属天理参考館蔵品写真集
第3期第5集「アイヌの着物」
1991年
「アイヌモシリ─ 民族文様から見たアイヌの世界」 国立民族学博物館 1993年
「アイヌ文化の基礎知識」 アイヌ民族博物館 1993年
「アイヌの工芸」 東京国立博物館 1993年
「アイヌの衣裳」 岡村吉右衛門 著 京都書院 1993年
「アイヌ芸術」 金田一京助
杉山寿栄男
北海道出版企画センター 1993年
「ピリカノカ ─ アイヌの文様から見た民族の心」 北海道ウタリ協会
北海道開拓記念館
開拓の村文化振興会
1994年


掲載資料

早稲田大学所蔵




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