井上靖 『天平の甍』

ケースと表紙  『天平の甍』は、昭和三十二年、すでに流行作家としての立場を確立していた井上靖氏 が、従来の日本の歴史小説から脱皮を志して、歴史そのものの中にひそむポエジーを浮か びあがらせようと試みた長編歴史小説の第一作であり、この功により、芸術選奨文部大臣 賞を受賞した。その後『敦煌』『楼蘭』と大作が続くが、井上氏の歴史小説の底辺には、 悠久の時の流れと卑小な人間、また歴史と時間にもてあそばれる人間の運命というものが 共通のテーマとして流れている。
 奈良時代、早くも淡海三船元開は『東征伝』を著し、鑑真和上の来朝という日本文化史上の大きな史実を和上中心の構成で正面から捉えた。だが、井上靖氏の『天平の甍』は、 その史実の四囲、いわば陰の部分に存在した五人の天平留学僧のそれぞれの在り方を華やかに描き出し、その上に和上の姿を浮かび上がらせている。授戒僧招聘の使命を帯びた栄 叡と普照、大陸の魅力にとりつかれ托鉢僧になる戒融、還俗して唐の女と結婚する玄郎、 ひたすら堂にこもりきりで写経にあけくれる業行。日本への帰路、船が嵐にあい、業行が何十年の辛苦によって写した経巻が海の藻屑と消えていく条りは、この小説の圧巻である 。結局、これらの天平留学生一行のなかでは、栄叡の熱意に引きずられていたにすぎなかった普照が、業行ほど歳月と熱意をかけたわけでもない幾許かの写経とともに、和上を伴って日本に帰ることに成功する。
 この作品は、個人の情熱や意志を超えたところにある人間の運命というものに対する悲壮感を漂わせているにもかかわらず、不思議に読後に残るのは清涼感である。それは五人の若者が青春時代という限られた時間の中で、理想とはかけ離れていたとしても自分の運 命を一筋に貫いて生きている姿が見事に捉えられているでからあろう。また、和上はあたかも生ける仏のごとく描かれているが、そのおおらかな安定感が、この歴史小説の気


井上靖 略歴

井上靖 明治40年5月6日北海道に生まれる。京都帝国大学文学部哲学科で美学を専攻。昭和11年 「サンデー毎日」応募の「流転」で第1回千葉亀雄賞受賞、これが縁で、毎日新聞大阪支 社に入社。昭和25年「闘牛」により第22回芥川賞を受賞。毎日新聞社を退社後は、新聞小説、時代小説を次々発表し、流行作家として揺るぎない地位を獲得。昭和32年3月〜8月「 中央公論」に「天平の甍」を連載、新しい歴史文学を開拓した功績により芸術選奨文部大臣賞受賞。ついで「氷壁」(芸術院賞)、「敦煌」「楼蘭」(毎日芸術大賞)、「風涛」 (読売文学賞)、「本覚坊遺文」(第14回日本文学大賞)、「孔子」(野間文学賞)など文学関係の賞を多数受賞。
日本芸術院会員、日本文芸家協会理事長、日本ペンクラブ会長などを歴任し、昭和51年文化勲章を受賞。昭和60年には朝日賞受賞。平成3年1月29日、急性肺炎のため死去、享年83 。


鴟尾 天平の創建から金堂の上に輝く鴟尾(西方)



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